15:58, November 14 2023
これは何: 35歳の誕生日記念エントリ、かつIETF118の非技術・怪文書パートです1。
先の記事に書いたように、2018年3月にプラハで開かれたW3C Web of Things WGの会合に当時の同期の代理として参加したことで標準化の国際会議デビューをすることになった。個人的に思い入れのある都市でIETFが2回続けて開催されるということで、横浜まで含めて3回連続で現地参加をすることにした。
5年間といえば、Messaging Layer Security(のプロトコル部分)は先のIETF 117でRFC番号を得たが、最初にMLSのことを知ったのは同じく5年前だったと思う。初期のMLSについてスライドで紹介しているが、当時用いられていたAsynchronous Ratchet Treeとは違う方式であるTreeKEMが標準仕様となった。プロトコルの根幹をなす方式の変更を経てRFC化に辿り着くのは相当な道のりだったであろう、5年という時間の重みを感じざるを得ない。MLSをベースにしていわば大統一メッセージングサービスを実現することを目的としたMore Instant Messaging Interoperability(MIMI)というワーキンググループが今年から立ち上がっており、今の私のIETFにおける主な関心はMLSとこちらの2つのワーキンググループとなっている2。こちらについては近くどこかしらに技術記事のアウトプットを行うつもりである。
一方で私自身の標準化方面のアウトプットはというと、5年間でそこまでできていたとは思えない。2018年当時にやっていたHTTPS in Local Network CGではTPACで現状報告を二度ほど行い文章のレビューなどで参加していたものの、こちらは2021年に活動を閉じることになった。問題空間自体は今でも存在していると思っており、十分な需要と道具立ての整備が整ったらまた出てくる問題ではあると思うが、ちゃんと標準にすることで閉じ切ることができなかった。他の標準についても細かい貢献はいくつかできているが3、 mainstreamに対するcontributionをするには至っていない。以前から感じているとおり、継続する力が弱いのはなんとかしていかなければならないだろう。
今後の手の動かし方の方針はおおかた見えてきている。RubyConf Taiwan 2023でトークをすることになっているが、これはIETF 117に先立ってHPKEのRubyライブラリを実装した際のopenssl gemへのcontributionの話とそこから派生する開発の話を行う予定である。ruby/rubyにパッチを入れることは2014年にRubyKaigiに参加したときからいつかできればと思っていたことだが、「ちゃんと気持ちのある分野」で1つパッチを入れることができたのは、今後どうすべきかにとって非常に示唆深いと思っている。
結局、気持ちのあること、思想のあることをやらないといけないのである。単純な技術力の面では私は全く優秀ではない。よって、単純な技術力で勝負してはいけない。
そして思想を強く持つこともまた簡単なことではない。35歳といえば、「この時期までに家庭を持っていなければ大学に戻る」と言っていたこともあった4。家庭を持っている人間に比べてはるかに動きやすいにもかかわらず成果が出ていないということは、能力の不足もさることながら、意志、思想の強度が十分でない、ということなのだろう。
行きの飛行機でKen FollettのKingsbridgeシリーズ5の第3巻である”A Column of Fire”を読み終えた。全編を貫く主題として宗教改革後のヨーロッパにおけるカトリックとプロテスタントの勢力争いがあり、主人公はKingsbridgeでプロテスタントの信仰を持っていた神父が生きたまま焼かれるのを目の当たりにし、信仰によって人が殺されることがないイギリスを目指したエリザベス女王のスパイとして活動していくことになる。現代では思想によって血が流れることは減ってきているが、本来思想と思想のぶつかり合いとは命をかけて行うものである。思想に命を張る覚悟がないのならば、もしかしたら単純な技術で勝負したほうがいいかもしれない。とはいえ暗号技術によって支えられる自由なインターネットというものは戦争が日常に近づいてきている現代においては重要さを増しているのは事実だ。80年近い人生を宗教の自由への闘争に捧げた本書の主人公のように、私はよりよいインターネットを実現する思想のために命を張れるだろうか?
でも最後は言葉じゃなくて実際に手を動かした内容積み上げていくしかないんですよね。やっていきましょう。
関連して、思うことがあるのでSHA256の下に埋めて6ヶ月程度時間を置いて公開することにする。タイトルだけネタバレをするならば、メインタイトルは”BREAKING THE FUTURE”という題である。
以下が該当記事のSHA256ハッシュ値である: a5b684ef712ef9e3b0be89675db50a4fa727ed6a6c886a655c3f1f7840a45508
時刻が珍しくきりがよくないのは(確か)この時刻が私が産まれた時刻なので。非技術という割には脚注はけっこうテクニカル ↩
OAuthは業務に直接関連する部分なので継続して参加しているが、最近のOAuth WGはRFC6749のセキュリティのワークはほぼ決着を迎えつつあるのか、OAuth/OIDCエコシステムを利用してselective disclosure/verifiable credentialsを実現するための道具立ての整備するワークがかなり大きな割合を占めてきている気がしている。今回もWorking Group Charterを改訂するかどうかというagendaがあったが、私の予想と反して「新規に立ち上がったcredentialを扱うワーキンググループに一部移譲する」ことに対してあまり積極的でない意見が多く出ていた。 ↩
HTML標準におけるDOMの扱いの文書整備は具体的に文章に残っている。またMLSがAsynchronous Ratchet Treeを使っていたときの図の修正などもあるがこちらは文章に残っていない。 ↩
とりあえず現状ではありがたいことにお仕事がかなりあるのですぐにそうなるとは思わない ↩
これも最初の”Pillars of the Earth”を読んだのが2007年、次の”World Without End”が確か2012年、だいぶ前だ… ↩